2020年のダボス会議において、「リスキリング革命」が発表されました。リスキリング革命とは、第4次産業革命に伴う技術の変化に対応した新たなスキルを獲得するために、30年までに10億人により良い教育、スキル、仕事を提供するという取り組みです。

 日本においても、経済産業省が「第四次産業革命スキル習得講座認定制度」を立ちあげ、厚生労働省の「教育訓練給付制度(専門実践教育訓練)」と連携して助成金を出す仕組みをつくり、これからの時代に必要な新しいスキルの獲得を支援しています。

 人材教育は長年各企業が取り組んできたテーマです。リスキリングというワードに注目が集まっている理由には、デジタルの進化が大きく影響しています。

DX人材をどう育成する?(画像はイメージ、提供:ゲッティイメージズ)

コンサル業界のトレンド

 コンサルティング会社を例に挙げてみましょう。

 2000年から2010年くらいにかけて、コンサル会社は調査やレポート作成、分析などを盛んに行っていました。さまざまな情報を調べ、それをExcelに打ち込みグラフにしたり、PowerPointの資料を作成したりして、プレゼンしていたのです。クライアント側にはそのような情報や整理された資料がなかったので、コンサル会社から提示された資料をもとに、次なる打ち手を議論してきました。それが昨今では完全に様変わりしています。

 分析する作業をコンサル会社に依頼するのではなく、自社独自で分析したり、リサーチシステムを構築したりすることを目指しているのです。以前であれば、コンサル会社に依頼して3カ月後に資料が提供されていましたが、いまでは瞬時に出来上がる。そうした設計・実行をコンサル会社が支援するようになっています。

 まるでコンサル会社が自分たちの仕事を無くすためにコンサルティングをしているような不思議な構図です。

 パッケージ化されたシステムをそのまま活用すれば事は足りるかというと実際にはそうはいきません。各業種、各企業によって業種特性を加味した項目やKPIの設計が求められます。また、管理の仕方も異なるため、パッケージ化とカスタマイズのハイブリッドな支援が必要とされます。よって、各業界に対する高い知見と戦略を加味したKPI設計、システム導入のスキルまで幅広く求められます。

小売業のDXで求められるスキルは?

 実はこれはコンサル会社に限ったことではなく、全ての企業に起きていることです。各企業のマーケティング部門、人事、法務、経理、営業など、自分たちが手作業でつくっていた資料を、いかにデジタルに転換し自動化・精緻化を実現するか。こうした設計をするスキルが求められています。

 つまり、業務プロセスの整理・棚卸、システムへの落とし込み、現場における運用までを推進できるスキルが求められているのです。

 これは、コンサル会社のスキルと類似したものが、さまざまな産業で求められていることを意味します。そして、効率化を推進するだけではなく、デジタルに業務をシフトした分、人間の空いた時間をどう次の事業展開に注いでいくかという“高度化”の観点が必須です。スキルのみならず、仕事に臨むスタンス・意識改革にまで影響を及ぼすテーマであり、経営の根幹となるテーマのひとつといえます。

 そしてそのスキルは各業種によってさらに細分化され、業界に沿ったリスキリングの設計が必要になります。

 小売業のDXを例に整理してみます。

 まず小売業で失敗するDXの特徴には、次の図にあるように「システム部門が主導で経営戦略不在のDX」「データの活用を考えずにとりあえず統合するID」といったものが挙げられます。

 これらを発生させないことが成功のポイントだとすれば、小売業に携わる人がDXを円滑に進めるにあたり必要なスキルは下記の図で整理したように、「システム導入までの業務スキル」「デジタル導入後の分析&改善提案力」などが挙げられます。

 全体像を整理すると次のような図になります。「ビジョン」「戦略スキル」「ITスキル」「小売業の業務スキル」「共創・協力のスタンス・意識」の関係性を整理しています。

この図の小売業の部分を他の産業に置き換えれば同様のことがいえると思います。

リスキリング推進の要点

 小売業のリスキリングを推進する上での要点を下記に整理します。

(1)チャレンジマインドセット:失敗を恐れず新しいことに挑戦するマインドセット・カルチャーを醸成

(2)コラボレーションマインドセット:他部門と連携していくことが必須とされるDXにおける意識の統一化

(3)リテールメソッドの確立:小売業独自のみならず自社独自の人材育成コンセプト・リテールKPIを設計

(4)マーケティング戦略スキル教育プランの策定:普遍的なリテールマーケティングフレームワークを習得する年間教育プランの策定

(5)リテールテクノロジーの知見(ITベンダー、グローバル事例等)・導入ノウハウの習得プラン設計

(6)成果検証、事例共有をするシステムの構築:取り組み好事例・成長指数等の共有

 1月、米・ニューヨークで世界最大のリテールイベント「NRF Retail’s Big Show」が開催されました。こうしたイベントに若手社員が毎年参加できるように、予算を確保することも大切です。

 世界最先端のリテール企業がどのようなことに取り組んでいるか直接確認し、展示会場周辺にある注目店舗も視察することで、視座がひとつ高くなるきっかけにつながります。

 NRFは、世界最大の小売業界団体である全米小売業協会(National Retail Federation)。会長はウォルマートのCEOでもあるジョン・ファーナー氏。NRFが毎年開催するRetail’s Big Showには、リテールテクノロジーに特化した800以上の企業が出展します。さらに、350人以上のスピーカーが世界中から集結し、世界99カ国から約4万人の参加者が訪れる世界最大のリテールイベントとして注目を集めています。

経営層こそリスキリングが必要

 リスキリングは、デジタルに乗り遅れがちな人ほど必要になるテーマです。「デジタルは若手や部下に任せておく」という意識の経営者、経営層がいた場合大変危険です。そのような経営層こそ、リスキル(スキルの再構築)が必要であり、率先垂範しなくてはなりません。

 また、社員のスキル・実力を上げるということは、本人の市場価値を上げることにもつながります。そして、転職の可能性が高まるだけでなく、フリーランスとして生きていける地力が備わっていくことになります。

 せっかく教育した社員に転職されては本末転倒という捉え方ももちろんあるでしょう。しかし、社員が実力をつけてもなお、自社に在籍し、貢献していきたいと思ってくれるような企業としての総合的魅力を向上させることが大切です。企業として研さんすることは、必ずプラスになることでしょう。

 業務の効率化、その先にある業務の高度化、そして従業員のスキルと意識の変革による強固な組織構築。愛社精神に基づく社員の定着化。そのためには新たなチャレンジや成長を奨励、促進する風土と仕組みの醸成が必要になります。

 これは経営者の旗振りなくして成せる業ではありません。

 経営者の推進力とともに、従業員の意識、リスキリングをサポートする教育プログラムの充実化を迅速に進めていかなくてはなりません。

 普遍的な社員教育というテーマに聞こえなくもないのがリスキリングです。しかし、デジタルの普及により、大きなスキル・意識変革が必要となるタイミングを迎えており、それが企業の業績に多大な影響を与える時代になっています。つまり、避けては通れないテーマとなっています。

 経営層が謙虚に初心に立ち返って、勉強好きという素直な心持ちで臨んでいただくことを願うばかりです。

 最後まで読んでいただきありがとうございました。