堀越 功 日経クロステック
KDDIは2023年3月7日、新たなメタバースサービス「αU(アルファユー)」を開始した。「3年で1000億円規模を投資し、同等以上の売り上げ規模を目指す」(KDDI事業創造本部の中馬和彦副本部長)という気合の入りようで、同社にとって本気のメタバース展開といえる。
ただ世界的に見てもメタバースの勝ち筋はまだ見えていない。社名を変えてまでメタバースに注力し巨額投資をしてきた米Meta(Meta Platforms、メタ)も、決して順風満帆ではない。
KDDIは過去3年にわたって都市と連動したメタバース「バーチャル渋谷」などを展開してきた。これらの経験を踏まえて、現時点で見えてきたメタバースの勝ち筋を追求したのが今回のαUだ。KDDIが見出いだしたメタバースの勝ち筋とは何か。

(写真:日経クロステック)
「推し活」を「同期コミュニケーション」に
αUのロゴは一見、KDDIのコンシューマー向けモバイルブランド「au」に間違えてしまいそうなデザインだ。同社の屋台骨であるauに似せたデザインにしたということは、αUにそれだけ力を入れている証しでもある。
αUは、メタバースに関連した複数のサービスで構成する。利用者同士が会話を楽しんだりイベントを開催したりできる「αU metaverse」や、アーティストの360度自由視点のライブ配信を楽しめる「αU live」、デジタルアートなどを購入できる「αU market」、暗号資産を管理できる「αU wallet」、実店舗と連動した仮想店舗で買い物ができる「αU place」――である。間口を広げるために、当初はスマホアプリでの利用を基本とした。ヘッドマウントディスプレー(HMD)には今後対応予定という。

利用者の分身であるアバター間の距離によって、聞こえてくる声のボリュームを忠実に再現する機能を実装している(写真:日経クロステック)
KDDIがαUで狙うのは、「イベント型の一過性のメタバースから、普段使いのメタバースにしていく」(中馬氏)点である。
現在、多くのメタバースサービスが直面する課題は、イベント時には多くの人が集まるものの、日常的に利用されるサービスとしてなかなか定着しない点である。それはKDDIが3年前にスタートした渋谷の街を仮想空間化した「バーチャル渋谷」も同じだ。ハロウィーンにちなんだフェスティバルを開催する際は多くの人が集まるものの、それ以外の期間にアクティブな利用をいかに増やすのかが課題だった。
中馬氏は「利用者にメタバースへの定着を呼びかけても無理。定着してもらえるような動機をつくることがポイント」と語る。
メタバースに定着してもらえる動機になるようKDDIが今回取り入れたのが、好きなアーティストや作品に惜しみなくお金を投じる「推し活」をメタバース上で高度化するような仕組みである。
αUの入り口となる「αU metaverse」は、利用者の誰もが配信者となってライブ配信することが可能だ。配信者を「推す」フォロワーが、αU metaverseの仮想空間上に集い、配信者と直接交流できるような仕組みを取り入れた。「現在のライブ配信は、配信者側がリアルであったり3Dであったりする一方で、利用者側はテキストを使って非同期のコミュニケーションを取っている。配信者側と利用者側が同じメタバースの空間内に入り、フラットな関係になって、リアルタイムの同期コミュニケーションを取れれば、もっと盛り上がる構造にできるのではないか。今『同期コミュニケーション』が盛り上がっているという感覚がある」と中馬氏は強調する。リアルなライブシーンでは、隣の人が盛り上がっている影響を受けて、自分もさらに盛り上がるようなケースがある。仮想空間上でも同じような構造を取り入れようというのがαUの狙いである。
配信者がこのような仕組みを魅力的に感じるようになれば、他のプラットフォームからαUに移ってライブ配信するようになるだろう。10人、20人といったフォロワーを持つ配信者が、それぞれαU上で日常的にライブ配信するようになれば、配信者を「推す」利用者がメタバースを日常使いする動機になる。それぞれの配信者のフォロワーは少なくても、多数の配信者がαU上でライブ配信を始めれば、それなりの利用者数になる。これがKDDIがαUで狙う、利用者をメタバースに定着させるための基本的な戦略である。
一点モノのオブジェクトを「推し」にプレゼント
配信者がαUに集まってきてもらうことが第1のポイントだとすると、配信者が活動しやすい機能を多数そろえていくことが、次に重要なポイントになる。
KDDIは、メタバースがもたらす同時に多数の利用者による音声のコミュニケーション機能に着目した。具体的にはαU metaverseにおいて、利用者の分身であるアバター間の距離によって、聞こえてくる声のボリュームを忠実に再現する機能を実装した。「近くにいる人の声は大きく、遠くにいる人の声は小さくなる。20人が同じ仮想空間にいても、日常生活と同じように会話できるようにしている」(中馬氏)。配信者と利用者が同じ空間内に集まり、ワイワイガヤガヤとリアルタイムで盛り上がれるようにする仕組みだ。
αUでは、利用者が配信者にデジタルオブジェクトをプレゼントできるような仕組みも取り入れた。「αUはWeb3技術に対応し、NFT(非代替性トークン)で価値を高めた一点モノのオブジェクトを、配信者にプレゼントできるようにした。『推し』のライブに、おそろいのデジタルコンテンツのTシャツをアバターに着せて集うようなこともできる。これまでの仕組みでは配信者に対して投げ銭をすることぐらいしかできなかった。ようやくメタバースで様々なユースケースを試せる要素がそろってきた」と中馬氏は話す。
メタバース内の「推し活」でデジタルコンテンツが流通するようになれば、手数料ビジネスが成立するようになる。「経済圏が立ち上がることで、利用者が集う『中毒性』が生まれる。これでようやく(メタバースビジネスの)スタートラインに立てる」と中馬氏は力を込める。